鑑定士ハチの部屋

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胡蝶蘭とみつばち巣箱

今回は骨董以外の趣味の紹介です。
二十代後半から始めた盆栽ですからもう三十五年以上のキャリアがあります。
ふじの盆栽です、八幡西区の吉祥寺の白藤を接ぎ木したものです。
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盆栽の見どころは一に根張、二に立ち上がり、三に幹です、
枝は剪定で作れますが根張、立ち上がり(俗に腰回りと言う)はその木の素質で
きまります、腰回りのよくない木は盆栽には不向きです。
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幹荒れです、この幹で約四十年かかりました。
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胡蝶蘭です。
正月頃から伸び始めた花茎です約45cmあります。
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蕾もふくらんできました、花茎から枝分れが出てきました、これにも蕾が
つくのでしょうね。
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日本みつばち巣箱です。
昨年に自作した巣箱です。
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台座です、台座を作成するのはチョット難しいのでインターネットで購入しました。
今年はこの台座に変更しました、ちなみにこの台座500円です。
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巣箱の本体です、下から天井部をみています、巣落ち防止の竹が見えます。
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天井の外蓋です。
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キンリョウヘンの花芽が伸びてきました、開花も近いのでしょう。
日本みつばちの分蜂は桜花が散った後と言われています、今年は桜花が
早かったので分蜂も早いのでしょう。
キンリョウヘンが開花すると探索蜂がやってきます。
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今年で日本みつばち作戦は三度目の挑戦です、今度こそ女王様にご入居して
ほしいです。

 次回は九州国立博物館で古武雄展が開催中ですので、古唐津の紹介です。
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by kahohira | 2013-03-31 11:36 | Comments(0)

香蘭社と深川製磁

今回は明治以降の肥前有田の焼き物を紹介します。
明治に入り鉄道が整備され伊万里港からの船積から陸送へ運送方法は大きく
変わります、肥前の焼き物も伊万里焼から有田焼へ呼称変更です。
つまり、船輸送時代の物は伊万里焼、鉄道輸送は有田焼です。
骨董品としての肥前焼物の評価もここで大きく別れると私は考えています。
古美術店を覗いてみると明治以降の品物が大半を占めています。
私がよく行く骨董店では江戸期以前の品物はやはり少ないです。

香蘭社は設立当時は輸出を目的に作られた貿易会社です。
五名程度の窯元が自窯で作成した陶磁器を香蘭社を通じて輸出したのです。
この皿は香蘭社設立時の深川窯(香蘭社の前身)の作品です。
明治初期の有田焼の特長の一つに全面を色絵で塗りつぶす作品が多数あります。
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高台内の銘は日肥山深川造です。(香蘭社銘ではない)
銘の意味するところは「日本・肥前・皿山・深川窯」で作ったと言う意味です。
明治八年~十年の作です。
五名程度で設立した貿易会社でしたが、亡くなったり、脱退したりで最後は深川窯
だけが残り深川窯が香蘭社を経営していきます。
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香蘭社の湯飲み。
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銘は香蘭社造です、昭和十年頃の作品です。
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香蘭社の弟になる深川忠次が独立して深川製磁を立ち上げます。
大正期の深川製磁の鉢です。
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外側面は吹き墨技法が用いられています。
吹き墨道具は深川忠次が英国から持ち帰ったものだそうです。
その後、深川製磁の作品によく使われています。
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高台銘は深川製。
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これも大正期の深川製磁です、花篭にバラと蝶。
肥前焼には蝶がよく描かれています。
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外側面は吹き墨で蝶です。
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高台銘は深川製。
しかし、この高台は珍しいと思います。
二重高台は明治時代の作品にはよく見かけますが、これはなんと三重高台です。
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現代作の深川製磁作品は深川銘と富士に流水のマークが入ります。

   次回は骨董品は一回お休みして、胡蝶蘭と日本ミツバチ巣箱の紹介です。
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by kahohira | 2013-03-18 13:20 | 骨董 | Comments(0)

志田焼

志田焼
志田焼は幕末~明治初期に肥前有田の郊外にある塩田地区で
焼成された焼き物で塩田がナマッテ志田と呼ばれるようになったそうです。
伊万里港で船積して出荷したので伊万里焼と呼んでも間違いではないの
かもしれませんが伊万里焼とは別くくりになっています。
幕末~明治頃は多人数の宴会が多かったそうで大皿がたくさん作られました。

直径35cmの大皿です。
荒海を渡る鶴、ダイナミックな描き方だとおもいませんか。
高台内には9個の目跡があります。
大皿のため9個の支えがないと高台がヘタるのです。
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年配の骨董店主の話ですが、志田焼は江波焼と呼んでいた時期があった
そうです、今では志田焼に統一されました。
(現在では江波焼は幻の焼き物だそうです、因みに江波焼は広島の焼き物です)
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志田焼は特徴がありそこをみれば誰でも判断ができます。
志田の土は色が白くないため、表面を白色の化粧土をかけます、その白土を
拭い取るのですが、縁にどうしても残ります。
残った白土をエンゴベーと言います、エンゴベーがあれば志田焼です。
下の写真は皿の縁に付いたエンゴベーです。
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氷裂模様の志田焼
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この皿は少し手が込んでいて、墨弾き技法が使われています。
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志田焼の代表的な山水文です。
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柳の下にサギ、柳の下に二匹目のドジョウでもいるのでしょうか、何か
面白いね。
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志田焼は安価な焼き物ですが、少しでも高く売りたいために後絵をして色絵に
しています。
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   次回は明治初期の香蘭社と大正期の深川製磁です。
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by kahohira | 2013-03-03 18:30 | 骨董 | Comments(0)